日油株式会社 バイオから宇宙まで RECRUITMENT 2020

CROSS TALK 01

同期対談

入社10年目のリアル

2004年入社の同期2名に集まってもらいました。
同期ならではのリアルトークで、社員のホンネが垣間見えます。

日油って、やっぱり

「人」だよね。

就活を通して出会った
社員の人柄が入社の決め手
はじめに、現在の担当業務を紹介してください。

人事・総務部に所属し、人事給与制度に関わる企画の立案から策定を担当しています。たとえば、海外展開に伴う駐在社員向けの人事制度や定年退職後の再雇用制度の見直しなどです。

ディスプレイ用の材料、特に『ライトナビ®』や『リアルック®』、『エアライク®』といった機能フィルムの営業とマーケティングを担当しています。国内だけでなく、海外のタッチパネルメーカーやディスプレイメーカーがお客様なので、海外出張することも多くあります。

どのような就職活動をしましたか?

僕らが就職活動をしていた2002~2003年は、いわゆる就職氷河期と呼ばれていた時期で、文系の学生は50~60社受けるのは珍しくなく、なかには100社以上という人も。私も50社くらいエントリーした記憶がある。T・Uは理系だから、それほど多くは受けていない?

エントリーしたのが8社で、受けたのは4社だった。ただ、私の場合は就職活動と学会発表が重なって始めるのが遅かったという理由もあるので、周りの友人たちは、もう少し受けていたような気がする。

それだと、企業研究するような時間はほとんどなかった?

専攻内容やどんな研究に携わりたいのか、教授と相談した上で企業を紹介してもらったケースが多かった。志望業界は、基本的に化学メーカーだったね。T・Sは?

事業環境が厳しい時代だったから、今後生き残れる会社はどんなところかを真剣に考えた。結果、高い技術力があって、高付加価値の製品を生み出すメーカーが強いと考えて、医薬品や化粧品、中間素材メーカーを中心に受けていたな。

しっかりしているな。でも、50社も受けた中から、どうやって日油を選んだの?

採用担当や面接官からにじみ出てくる仕事への熱意が理由かな。2~9歳までアメリカに住んでいたこともあり、いずれは海外で働きたいという希望があって。その意を汲んだ人事の方が海外部の社員との面談をセッティングしてくれたことも大きかった。お会いした先輩社員が、仕事の話を本当に楽しそうに話してくれたんだよね。その姿から、楽しそうに働く自分の未来をイメージできた。T・Uは?

事業内容や学生のときの研究との関連とか、いろいろ考えたけれど、最終的には会った社員たちの人柄や、そこから伝わってくる社風が自分に合っているかどうかだった。説明するのは難しいけれど、何となくいい感じだった。偉そうでもなくへりくだるわけでもなく、フランクで飾らない雰囲気というか・・・

それはわかる!人事や面接官には社風や会社のカラーのようなものにじみ出ていると思う。そこが、自分に合っているかは重要な判断要素だね。

入社して初めて知った
プロフェッショナルの気概
入社前後でギャップを感じたことはありましたか?

本社で働くと思っていたので尼崎工場の経理グループに配属されて、ヘルメットに作業着を着て働くことに、最初は戸惑ったなぁ。

ビシッとスーツを着こなして、海外出張へ出かけていくような姿をイメージしていたから?

そう(笑)。独身寮のクラシックな外観にも、ちょっと驚いたし(笑)。

私の場合は愛知事業所で初めて研究設備を見たときは驚いた。正直、見た目は大学とそんなに変わらなかったから。「これで世界シェアNO.1製品を開発しているのか!」って。でも、しばらく働くうちに思い知らされた。大学とは研究のスピード感が雲泥の差で、何よりも研究のための研究をしていたような大学と違い、製品を世に送り出すという明確な目的に向かって「お客様に使ってもらうためにどうするか」を徹底的に突き詰めていくところにプロフェッショナルを感じたんだ。結局は、「人」なんだって。

確かに、先輩方との実力差はひしひしと感じたけれど、入社前に感じた人柄の良さや雰囲気は、実際そのとおりで、ギャップを感じるようなことはなかったかな。

入社して10年が過ぎましたが、
転機のようなものはありましたか?

研究職から営業職へ異動したときかな。当社のお客様は、メーカーの研究開発部門の人が多いため、営業にも高い専門知識が求められる場面が少なくない。だから、研究職から営業職へ異動することもそんなに珍しくないことだけど、まさか自分がそうなるとは思ってもいなかったな。

抵抗した?

した(笑)。「勘弁してください」って。「いろいろなことを経験したほうが、視野が広がる」といわれて、それもそうだと納得したけれど、最初は技術者としてのプライドが邪魔をして、頭を下げたり、電話で会ってもらえるよう頼んだりすることに抵抗があったね。

どのくらいで営業に馴染めた?

違和感が完全になくなるまでには3年くらいかかったかな。ただ、1年も経たないうちに営業の面白さは感じ始めていた。お客様に製品の魅力を伝えて買ってもらうため、プロセスを考え、どのタイミングで、社内外の誰を巻き込んでいくか戦略を練る。その結果としてお客様の喜ぶ顔を見たり、感謝の言葉をいただいたりしたときの充実感は、研究職とはひと味違ったものだったから。

私も営業経験があるけれど、転機というと経営企画室に所属したときだね。海外で新しい会社を立ち上げるプロジェクトに参加するなど、工場経理や営業をしていたときよりも経営に近いポジションで働くようになったことで、視座が高くなったような感覚がある。それまでの自分では想像もしていなかった経営層の視点に驚いたり、シビアな目で数年先を見据えた話をしていたり、おおいに刺激を受けたと思う。その頃から、「自分であればどうするか」ということを常に考えるようになっていった気がするね。

最後の最後に勝ち越して
いくのが日油らしさ
日油の良いところと課題について、どうお考えですか?

若いうちから仕事を任せられること。私も入社2年目に大きなプロジェクトをプランニングからアクションまですべて任されたことがあった。多少、荒っぽい育成方法だと思わないでもないけれど、取り返しのつかないような失敗に発展する前に上司が手を差し伸べてくれる。きちんと、見ていてくれているわけです。

そういう人の温かさは感じるね。それに失敗しながら成長していくことを容認する懐の深さもある。身の丈以上の仕事に苦労しながらも、最後の最後に勝ち越して、少しずつ着実に成長していけるのが日油の良いところじゃないかな。

ただし、人の良さは課題にも通ずるところがある。海外の人と仕事で関わると、自己主張の激しさにビックリしてしまう。とりあえず、要望はすべて口にするという感じで。一方、当社は、「無理は言うべきではない」と言う前から遠慮してしまうところがある。ちょっと厳しい表現をすれば、紳士を気取っているというのかな。何でもかんでも要求するのは違うと思うけど、今後も海外展開を積極的に進めていくのだから、もう少し「主張する」ということを真剣に考えていかなければならない。海外での商談では、互いに主張や条件をはっきり提示してから交渉がスタートするようなところがあるため、最初に遠慮していては、不利益を被りかねないと思う。

良くも悪くも人がいい会社、それが現在の日油なのかな。

最後に、お二人にとって同期はどのような存在ですか?

最近は仕事も忙しくなり、飲みに行く機会も減ってきているけれど、なんとなく「特別」な存在という気がします。

意識せざるを得ないライバルのような存在というか。国内外や多様な職種で活躍している同期を見ると、自分も頑張らなければと励まされる。でも、張り合うだけでなく、一緒に飲めば気心も知れていて、気分転換できたりもする。やはり、特別な存在なのだと思います。

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